高松高等裁判所 昭和38年(ネ)248号 判決 1965年2月25日
控訴人(原告)
中塚年重
被控訴人(被告)
国
指定代理人
杉浦栄一
他四名
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は、控訴人の負担とする。
理由
控訴人の主張によれば、事実関係は、
穂原郵便局員上谷順一郎が、昭和三六年四月二一日午前九時三〇分頃丸山昭吉の使者丸山たかから為替金、一〇〇、〇〇〇円、受取人控訴人、払渡方法居宅払という電信為替の振出を請求された際、電信為替振出請求書に受取人の住所である「松山市余戸町六〇七の二」を記載するに当り、右「余戸町」は、「ヨウゴチヨ」または「ヨーゴチヨー」とすべきを、上谷順一郎の過失により「エトチヨ」と記載した。右為替電報送達紙は、同日午前一一時三〇分頃、配達局である松山郵便局に到達した。同郵便局は、同日午後零時頃右為替金を、控訴人宛の速達書留郵便物として処理したが、宛先について、右のような誤記があつたため、配達不能となつた。右の誤記は、発信局へ照会すればすぐ分るのに、松山郵便局員の過失により、直ちにかかる照会手続をとるにいたらず、右郵便物は、同月二六日午前一〇時頃控訴人に到違したが、これは、正常の場合に比し、五日おくれて到達したのである。右遅延によつて、控訴人は、金三〇、四〇五円の損害を受けた、
というのであり、かかる事実関係のもとで、控訴人は、
郵便為替の事業に従事する郵便局員が、居宅払による電信為替の業務を取り扱うに当り、同人に過失があり、為替金の送達がおくれたので、受取人たる控訴人が、よつて生じた損害の賠償を、民法七一五条により請求する、
というのである。
そこで、右損害賠償請求が法律上認められるかどうか、について考える。
まず、居宅払による電信為替の取扱方法をみるに、郵便為替法九条、郵便為替規則四二条、四四条によれば、その大要は、電信為替においては、差出人が現金を振出請求書とともに郵便局に差し出したときは、その郵便局において、電信為替金受領証書を発行して、差出人に交付し、為替金額、受取人の住所氏名、差出人の氏名その他必要な事項を、受取人の住所を郵便配達区域とする郵便局に、電信で通知する。そして、右通知を受けた郵便局では、差出人の指定に従い、それが居宅払の指定であるときは、為替金に相当する現金を、速達とする書留郵便物として受取人に送達するのである。
要するに、右居宅払による電信為替は、国が行なう為替業務のひとつであるが、それは、国が、公衆電気通信法に定める電信を利用し、かつ、郵便法に定める書留および速達の取扱によつて行なうものである。
本件における控訴人の主張によれば、為替金の送達がおくれた、というのであるが、右のごとき手続において生ずる延着の原因は、大別すれば、電信の延着(発信のおくれによる場合を含む)による場合か、速達とする書留郵便物の延着(速達に付する手続のおくれによる場合を含む)による場合か、いずれかであるが、本件では、右電信の延着は問題でなく、右速達とする書留郵便物の延着が問題となつている。
ところで、国家賠償法四条は、公権力の行使に基づく損害賠償および公の営造物の設置管理に基づく損害賠償以外の、国または公共団体の損害賠償の責任については、民法の規定による旨を定め、同法五条は、国または公共団体の損害賠償の責任について民法以外の他の法律に別段の定があるときは、その定めるところによるものとしているのであるが、国が郵便物を取り扱うに当り損害が生じた場合は、その事業の性質上、国家賠償法一条ないし三条の適用がないことは明らかである。そして、国が郵便物を取り扱うに当り生じた損害を賠償することについては、郵便法六八条の規定があるが、同条が、右賠償すべき場合と賠償すべき額とを限定的に規定していることおよび郵便事業が、郵便の役務を、なるべく安い料金で、あまねく、公平に提供することによつて、公共の福祉を増進することを目的として行なかれるものであることにかんがみると、同条は、右国家賠償法五条にいう「別段の定」に当り、国は、郵便物を取り扱うに当り損害が生じた場合、右郵便法六八条によつてのみ賠償の責任を負うものと解すべく、民法の規定の適用は、排除されているものというべきである。
そうすると、本件の速達とする書留郵便物の延着による損害賠償は、民法の規定によつても、また、右郵便法六八条所定の場合にも当らないから同条によつても、請求することができない、というべきである。
もつとも、郵便為替法一五条は、「郵政省は、左の場合において為替金の払渡又は払いもどしを延期したときは、これに因り生じた損害を賠償しない。一 為替金を払い渡し、又は払いもどすべき郵便局において現金に余裕のないとき。二 為替金の払渡又は払いもどしに関する書類が整つていないとき。三 不可抗力に因り払い渡し、又は払いもどすことができないとき」と定めており、右規定は、郵便為替であるところの、普通為替、電信為替および定額小為替のすべてに適用があるが、郵便為替事業の性質、郵便為替の手続、郵便法と郵便為替法との関係から考えれば、右規定は、郵便為替の事業について、右郵便法に定める賠償責任の限定のほかに、免責される場合のあることを明らかにしたものと解すべく、たんに右規定の文言から、右所定の場合のほかは、民法の規定により、ひろく、損害の賠償を求め得るもの、と解するのは正当でないと考える。
以上の理由により、控訴人の本訴請求は、その余の点について判断をするまでもなく失当であり、これを棄却した原判決は、結局相当である。
よつて、民訴法三八四条、九五条、八九条に従い、主文のとおり判決する。(裁判長裁判官安芸修 裁判官杉田洋一 鈴木弘)